個人投資家の限界は

株式投資と激務で1億円まで増やした投資家の雑記

お金で人は動けるか?

個人投資家です。

 

私は学生の頃、まだ日も出ぬうちに

実家の最寄駅から発車する

バスに揺られて、工場に通っていた。

夜勤のバイトだ。

 

揺れの激しいバスだったが、

移動中はいつも爆睡していた。

気がついたら工場に着いている。

 

他のことを考えながらでも出来る

楽な仕事だった。

そのため、塾講の授業のイメトレを

このバイト中に行うのがルーティン化していた。

 

それでもやはり作業はあまりにも

つまらなかった。

食品工場のラインを任され、

基本的に1日でやることは全て同じ作業だ。

金の為とはいえ辛かった。

 

そして、資産が増えるに連れて、

自然とそのバイトから距離を

置くようになった。

 

世の中、だいたいお金だ

この世はお金がモノを言う。

いくら綺麗事を並べようが、お金がなければ

あらゆることが制限される。

 

お金があればバイトなんか

しなかっただろうし、

もっと好き勝手に散財していたかもしれない、

それが良いか悪いかは別にして

お金がなければそんなことはできない。

 

さらにあれば人を雇うこもできるし、

札束を積んで愛人を作っている人もいる。

金で人の心を操ることも可能かもしれない。

 

学生も社会人も基本は働き、

交際費や生活費を稼がなければいけない。

それが現実。

 

給料が出ているから?

私はよく今の職場で案件に対してゴネ出す

面倒臭い社員だ。

やる意味を感じないし、世の中にとって

マイナスとしか思えない仕事を

「給料が出ているから」、

「ボーナスが上がるから」といった理由で行動

に起こすことが私にはなかなかできない。

 

私は先ほども書いた通り、

工場夜勤のバイトを辞めた。

 

そのあとは時給が半分以下になった

気がするが、当時では珍しい映像配信会社

の手伝いをしていた。

 

SNSでの拡散、インタビュー、撮影、

会場の設営等。その道のプロがいるわけでも

なく、色々とやった。

 

成功させるという強い意志が

周りから感じられ、非常に面白かった。

 

結局、サービス自体がさっぱり儲からず

解散となってしまったが、

学生時代の数少ない青春の思い出だ。

工場夜勤よりはるかに面白かった。

 

この経験をしてしまうとお金あげるからと

ポリシーに外れる退屈なことをやるのが

馬鹿みたいになる。

 

金の為に動くなんて「アホ」がやることだ。

1億円積まれたらやるかもしれないが、

たかだか数十万円だ。

 

信念をねじ曲げるには安すぎる。

生意気かもしれないが、

それくらいに思ってしまう。

 

ただ、ポリシーを守るのはお金

そうはいっても

生意気ばかり言っていると

変な仕事を回されたり、昇進に影響が出たりと

お金の面で不利を受けることが多い。

 

もし私が貯金ゼロ円になったら

ポリシーに外れる仕事もおとなしく

やっていたかもしれない。

 

やはり、「退職しても生活できますよ」

くらいの生活費蓄えておきたいところである。

それまではバイトだろうとひとまずは「我慢」

お金もスキルもない時はこれくらいしか稼ぐ方法がない。

 

お金は大切だ。

 

しかし、ある程度の貯蓄が進めば

少しの給料の変動に揺さぶられなくなるでしょう。

 

お金は人の行動を操ることができますが、

その魔力も資産が増えれば効果は薄れます。

 

お金の不自由からある程度解放させ、

ポリシーに沿うような仕事をする。

人が動くのはそれから、それまでは動かされているだけな気がします。

それでは。